努力できない原因は、病気と同じ脳のハンデだよという話

こんにちは、いまちです。

 

わたしは努力が苦手です。

どのくらいって、努力し続けなければいけないなら死んだ方がマシと思うくらいです。(真顔)

 

脳内口ぐせは「クッソメンドクセェ...」な、ぐでたまもびっくりの脳みそとろけ人間です。(残念なことにアラサー女子です)

 

じゃあさっさと脳みそボイルドして固めろよって感じですが、当然わたしにとってこのことは長年のコンプレックスで、「自分はどうして努力ができないんだろう?」と、ずっと悩んだり自分を責めたりしてきました。責めてたんですよ、一応。

 

しかし最近、本当にここ半年くらいですが、「努力できないのはしかたのないことだ」と思うようになったんです。

 

そしてそう思えるようになり、わたしは生きていくのがかなり楽になりました。

 

何故そう思えるようになったかというと、自分が努力できないのにはちゃんとした能力的な原因があるのだ、ということに気がついたからです。

 

 

努力が苦手な原因=脳のハンデ

 

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原因。それは生まれつきもっているその人の特性のようなものです。

 

例えば、先天的に耳の不自由な人にCDを聞かせて、「今聴いた曲を耳コピでピアノで弾きなさい」というのは無理がありますよね。

 

耳が聞こえないというのが、その人の生まれつきの特性だからです。

 

それと同じように、脳に先天的に努力し続けることが不可能な特性を持って生まれることがある。

 

そう、それはもう言ってしまえば、耳が聞こえないなどと同じ社会的ハンデなのです...!

 

現在わたしのこのブログには、「努力できない 病気」などのキーワードでたどり着いてくださる方が少なからずいます。

 

そういう方も、本当は努力できない病なんかではなく、実は脳に多かれ少なかれ特性があって、社会的ハンデを負っているのだと思います。

 

努力できずに悩んでいる方に、わたしは今言いたいのです。

 

周りの人は、努力できないことで悩んだりしているように見えるでしょうか?

 

そう見えないとすれば、周りの人とあなたとで能力に差があるということではないでしょうか?

 

能力に差があるなら、努力が苦手な自分を責める必要があるのでしょうか?

 

そもそもそうやって悩んで生きていること自体、十分頑張っているっていうことではありませんか?

 

 

  

以下に、わたしがどのような社会的ハンデを感じて生活しているかを述べてみます。

 

ハンデ① キャパが小さい

 

キャパとはキャパシティのことで、日本語に直すと「容量」のことです。

 

ここでいう容量とは、仕事などで一度に抱え込めるタスクの量のことです。

 

例えばわたしは現在、保育園で非常勤保育士として働いているのですが、以前短期間だけ正規の保育士として勤めたことがあります。

 

その際、わたしは自分のキャパの小ささを痛感することになりました。

 

保育士という仕事はいわゆるマルチタスクの業務です。

 

その日のクラスの活動を考えつつ、一週間、一ヶ月先までの予定を把握し、子供たちの体調や家庭の事情なども頭に入れ、さらに行事の準備やお便り作成、季節の制作物のことまで考える...

 

しかも、仕事はシフト制。毎日数時間単位で勤務時間が変わる。

 

わたしはまったくもってついていけず、数ヶ月で体調を崩して辞めました

 

それも、新米のわたしはベテランの先生方に比べてものすごく少ない業務量であったにもかかわらず、明日の予定と行事、自分の毎日のシフトを把握するだけで頭がパンクするような感覚に陥り、大パニックになってしまったのです。

 

慣れればそれらも簡単にこなしていけるようになれたのか...?とときどき考えますが、そうは思えません。

 

今の非常勤保育士の義務は、保育と雑務が中心になるのですが、保育をしているときは子供のことだけ、雑務をしているときはその作業のことだけを考えられます

 

それでもいっぱいいっぱいになり、時折疲れて仕事を休んでしまうことがあるのです。

 

目の前の仕事で精一杯のわたしが、マルチタスクを続けていくことは不可能です。

 

限られた量の仕事だけに集中して取り組めるような仕事にしか適応することができないのです。

 

適応できずに体調を崩してしまえば、やはり辞めるしかないでしょうから。

 

ハンデ② 処理速度が遅い

 

わたしは幼いころから、人一倍何かをするのが遅い人間でした。

 

歩くのも遅ければ、食べるのも、文字を書くのも、頭を働かせるのも、もう一事が万事すべてが遅く、友人からはよく「のろま」だと言われていました…。

 

今でもそれは変わらず、わたしは何事をするにもとても処理が遅いです。

 

わたしは以前にWAIS-Ⅲという知能指数を測定するテストを受けたことがあるのですが、その時の結果でも、処理速度の項目がずば抜けて低かったです。

 

 

 処理速度が遅いと何が不便かというと、日常生活で周りについていけないのです。

 

例えば電話。聞いたことを理解するまでに少し時間がかかってしまうので、相手が言ったことに対して答えるまでにタイムラグができてしまい困ります。

 

相手が早口で話す人だと、一度言われただけでは理解できないことも多く、二度、三度と聞き返してしまうこともしばしば。

 

二度くらいなら許してもらえますが、三度以上聞き返すと「こいつなんなんだ?」と思われてしまうので、そういう時は電波が悪くて聞こえないふりなどしてごまかすこともあります…。

 

また、文字を読んだりするのが遅くて困ることもあります。

 

わたしは脱出ゲームが好きで、友人とよくリアル脱出ゲームをしに行くのですが、問題文を読む速度が遅すぎて、友人をよく待たせてしまい迷惑をかけてしまいます。

 

何人か違う友人と脱出ゲームに行きましたが、今までにわたしよりも文章を読む速度が遅い人はいませんでしたので、必ず相手を待たせてしまうことになるんです…。

 

本当に一事が万事こういう具合なので、世間の強烈な速度で流れていくペースに合わせ続けるのはかなりの労力が必要です。

 

わたしは常にすべてのことにおいて、周りについていくために焦らされているので、周りの人が普通にできているようなことにも、人一倍労力を使うわけです。

 

そうなると、頑張り続けることで疲労も人一倍感じてしまう、というわけなのです。

 

ハンデ③ 興味のある・ないの振れ幅が極端

 

最近自覚したのですが、わたしは興味のあることとないことの差が極端なんです。

 

興味のあること、例えば先ほども例に挙げた脱出ゲームですが、わたしは脱出ゲームならいくらでも時間を忘れて取り組むことができます。

 

一日に何本もの脱出ゲームアプリを数時間もやっていたり、嫌がる友人を連れてリアル脱出ゲームをはしごしたりしても、全然疲れを感じません。

 

好きなこと、興味のあることをする分には、まったく疲労を感じないのです。

 

しかし逆に、それ以外のことには本当に無頓着で、本当に何も興味をもつことができないのです。

 

例えば、わたしは人の話に興味をもつことができません。

 

友人の話を聞いていても、その話に全然興味をもつことができないのです。

 

その証拠に、わたしは特に仲の良い友人2人の仕事や職場のある場所について、全然把握していません

 

何度もその子の仕事の話や職場の場所を聞いているにも関わらず、です。

 

仕事の話を聞いた、という漠然とした記憶だけが残って、話の内容についてはほとんど忘れてしまうんです。

 

ぶっちゃけ、どうでもいい、と思っているんでしょうね…。

 

先日、こんなことがありました。

 

わたしは1年くらい前に職場を移っているのですが、そのことを言っていなかった友人に仕事の話をした時、

 

友人「いまちの職場って、○○(以前の職場のある場所)だよね?」

 

と聞かれたので、

 

わたし「ううん、職場変わったんだよ。それにしても、よくわたしの前の職場の場所なんて覚えてるね」

 

と言ったところ、「覚えてるよ!当たり前じゃん!」と笑われました。

 

わたしが逆の立場だったら絶対に覚えていませんから思わず驚いてしまったのですが、普通一度聞いたら覚えているもんなんですよね…。

 

こんな風に、自分の好きなこと以外はまったく興味をもつことができないので、日常生活も一苦労です。

 

他人の話はいちいち「興味がなくてもちゃんと聞いて記憶する!」と、かなり心して聞いていますから、ちょっとした雑談にもものすごい集中力がいります

 

仕事の話などなら、なおのこと。

 

「処理速度が遅い」の項目でも電話が苦手と言いましたが、電話はちょっとでも気を抜くと、「誰かから大事な電話がかかってきた」という漠然とした記憶だけが残り、本当に大事な要件がすっかり抜けてしまうというとんでもない事態になってしまいます…。

 

実際、仕事ではないですが、昔、母あてに自宅にかかってきた電話に出て、電話を切った後で誰から何の要件でかかってきたのか丸々忘れてしまって、母にこっぴどく怒られた経験があります…。

 

そんなことを仕事でやってしまったら怒られるなんてもんじゃ済みませんから、どんなに興味がなくてもきちんと内容を記憶したり、メモを残したりして対応しなければなりません。

 

日常生活はわたしにとって興味のないことだらけですから、本当に集中力がいり疲れます。

 

 ハンデ④ 報酬系が弱い

 

報酬系とは、心地良いことが起きた時に活性化される脳内のシステムのこと。

 引用元:

http://neurophys11.hatenablog.com/entry/2016/07/01/235010

 

これは検査などしていないので確実ではありませんが、わたしはおそらく報酬系が弱い人間です。

 

報酬系が弱いと、褒められてもそれが快感に感じないのです。

 

ちょっと褒められたくらいでは足りず、ものすごく褒められてようやく「わたしはすごいことをしたんだ」と実感できる、ということです。

 

報酬系が弱いということは、何かを成し遂げた感覚や達成感を感じる力も人より弱く、それにより努力して何かをしよう、頑張ろうと考えることが苦手とする人が多いようです。

 

わたしはゴールの見えないことに関して努力するのがことさら苦手です。

 

例えば就活。保育園の毎日のクラス運営。どちらも過去にパニック状態陥り、わたしが投げ出したものです。

 

情けない話ではありますが、これらのような終わりのないことにやりがいを感じて努力し続けるというのは、わたしには不可能なのでした。

 

まとめ 努力が苦手=生きづらい

 

  • キャパが小さい
  • 処理速度が遅い
  • 興味のないことを把握できない
  • ↑3つのせいで物事をやり遂げにくく、その結果まったく達成感を味わえずやる気も出ないという悪循環

 

生きづらいですよね、正直。

 

好きでパニックになるわけでも、仕事を休むわけでもありません。

 

長年、自分はどうして努力できないんだろう、怠け病なんだろう、と思い悩んできました。

 

けれど、冷静に自分を見つめ直して、向き合っていく中で、「自分はこういう特性なんだ、自分はその中で頑張って生きているんだ」と思えるようになり、すごく楽になりました。

 

今、努力できなくて自分を責めている人。

 

責める必要なんてないです。

 

努力するのには能力がいります。努力できるのは才能です。

 

今の自分にできることを、できる方法でやればいいんです。

 

だって、このハンデとはこれからも一生、付き合っていかなくてはいけないんですから。

 

努力そのものが苦手な人は、生きてるだけで人一倍努力しているんです。という話でした。