いまち月のハコニワ

発達障害&卵巣嚢腫と生きるアラサーガールブログ

「こうでなくちゃいけないことなんて、この世に何一つない」と気付けよ

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こんにちは、いまちです。

 

うつ病発達障害に、いろいろ苦しんできたわたしですが、そんな人生だからこそ得た持論があります。

 

その考え方でわたしは少しだけ生きるのが楽になったと思っています。

 

 

 

「こうでなくちゃいけないことなんて、この世に何一つない」

 

 

わたしは親(主に父親)からの多大な刷り込みによって、自分の進路や将来についてかなり苦しみ続けてきました。

 

詳しくはいまちのお馬鹿人生を綴った「無気力ブロガーの怠け人生と苦悩を綴るね」を読んでくれ。

 

まあもちろん自分の気質のせいってのもありますけどね。

 

しかし、その刷り込みのせいで一時自殺未遂にまで追い込まれるほどだったので、教育って怖いですね。

 

父からの刷り込みはざっくりいうと「将来何になりたいかを早く決めてそれになれないと、ろくな人生にならない」というもので、それを小学校低学年くらいからずっと言われ続けていました。

 

今現在のわたしの人生はたしかにろくな人生ではないかもしれないですが、それが将来何になりたいかを早く決めてそれになれなかったからかと聞かれると、そうではないような気がします...。

 

わたしの人生が良いものと思えないのは、自己肯定感が低いからだと自分では思っていますから。

 

今現在は以前よりは自分に自信をもてるようにはなってはいますがね。

 

それはさておき、刷り込みというのは、「思い込みを作る」ということですが...

思い込みというものは、使い方次第で良い方向にも悪い方向にも作用するものです。

 

思い込みを良い方向に使う例は、「自分はこれが得意だ!自分にはできる!」のようなプラスの思い込みで、自信や自己肯定感につながります。

 

反対に悪い思い込みはマイナスの思い込みで、こちらは自信や自己肯定感の喪失につながりかねません。

 

わたしが囚われていたのも「こうしなければならない、さもなくばこうなってしまうだろう」のようなマイナスの思い込み。

 

「さもなくばこうなる」なんてなんの根拠もないような言葉が、思い込みによって本当になってしまったりします。

 

言霊みたいなものですね。言葉が持つ力。言ったことが真実になる力。それと同じようなものです。

 

わたしは、思い込みは呪いだと思っています。

 

わたしの場合は自己肯定感が低いからか、思い込みをあまり良い方向に使えた経験がないのです。

 

父から刷り込みの呪いをかけられたわたしは、「早く将来を決めないとろくな人生にならない」と、根拠なんてどこにもないのに勝手にそう思い込んで、「進路を間違えたわたしの人生はもうめちゃくちゃなんだ」と悩み、心を病みました。

 

今なら若い自分に、「若さがあればいくらでもやり直せるよ」と教えてあげたいです。(そう、若さがあれば...)

 

一度落ちるところまで落ちて、自分を客観的に見られるようになったからこそ、わたしはそのことに気付きました。

 

思い込みって恐ろしいってことに。

 

そもそも常識そのものがただの偏見である

 

 

あの有名な科学者・アインシュタインも、次のような名言を残しています。

 

常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションだ。

 

この言葉を初めて知ったとき、雷に撃たれた思いがしました。

 

わたしが長い間信じてきた、父から刷り込まれた常識は、ただの偏った思い込みでしかなかったのです。

 

こうしなければならないことなんて、最初からなかったし、できなければ人生が駄目になるなんて、そんなことはあり得ないのです。

 

わたしの場合は、父からの刷り込みが大きな要因になりましたが、これはどんなことにでもいえると思うんです。

 

たぶん誰にでも、「こうでなくちゃいけない」「失敗したら終わり」って思っていることって何かしらあると思います。

 

それについて断言させてください。

 

それはただの思い込みです!この世の嘘です!

 

特に世の中的によく言われる思い込みが、「就活を失敗したら人生終わり」とか「30までに結婚できなきゃ負け犬」とかですけど

 

それって誰が決めたんですか?神様ですか?始めに言いだした人は神なんですか?と問いたい。

 

別に就活失敗しても人生終わらないし、30までに結婚しなくても何にも負けないよね??

 

世間的に「普通」と言われるような人生のレールからは外れるってだけだよね???

 

その「普通」だって今や変わってきていますから、フリーで働く人とか独身を楽しむ人とかが増えてきて、「普通」という概念それ自体が思い込みかもしれません。

 

いずれにせよ、思い込んでしまっている「こうでなくちゃいけない」は全くの偽りです。できなかったからといって、絶望することはありませんから。

 

極端な話になりますが、つまりこういうことです。

 

こうでなくちゃいけないことなんて、この世に何一つない。

 

まとめ

 

 

わたしはこのことに気付いて、本当に何かから解放された思いがしました。

 

父という、子供の頃から絶対だと思っていた存在の、絶対だと思っていた言葉は、実は絶対ではなかったとわかったのですから。

 

世の中には偽りの絶対神が生み出す呪いがあって、知らぬ間にその呪いが自分の常識になり、そこに囚われて生きてしまうことが多々あります。

 

でも、その常識がいつでも自分にとっての正解であるとは限りません。

 

他人や世間の意見を聞くのは大切なことですが、他人や世間に縛られて苦しむのは間違いです。

 

自分の心を信じた方がいいときもたくさんあります。

そしてそれは、人生に関わる大事な場面では特にそうです。

 

周りに「こうしなければならない」と言われようが何されようが、自分にとっての正解は自分で探そうね、というお話でした。